【読書感想文】ジュリアン・バーンズ『終わりの感覚』

終わりの感覚

ジュリアン・バーンズの「終わりの感覚」(新潮クレスト・ブックス)を読みました。2011年のイギリスの文学賞、ブッカー賞受賞作品です。

この中編小説は、”長編ミステリー” のカテゴリーに入ることもあるようですが、典型的な謎解き事件解決ミステリーではなく、「記憶の嘘が存在にゆすぶりをかけるさまをスリリングに描くバーンズの新境地。」とあるように、”記憶” と “事実認識” が軸になっています。

すっかり忘れていた自分の行動と、その行動がもたらしていたある影響。そしてその行動を否定できない決定的な状況。年月を経て知る過去の自分はどんな自分だったのか。そんな内容でとてもおもしろく読みました。

この本を知ったきっかけは、先月配信した「gossipニュースレター」に書いたコラム「記憶と記録」を読んだ方に、きっとこの本を気に入ると思うから時間があったら読んでみてと勧められ、それは原語の英語だったのですが、翻訳を探して日本語で読んだ次第です。

人の記憶の中には、自分の覚えていない言動や行動が存在する、と感じることがたまにあります。”記憶力のいい人” から、あの時アナタはこうだった、ああだった、と言われたとき、戸惑いながらも、”本当に、なんにも覚えていないんだから”、という自信満々の表情と言葉に、そうだっけと黙るしかない。そんな経験はありませんか。

その人の記憶が事実であることもあれば、後付けのなにかが足された記憶になってしまっている場合や、記憶自体がまったく間違っている場合すらあると思います。 でも多くの場合、人は自分の記憶の不確かさをあまり疑うことをせず、何度も思い出し、人に伝え、そうして反芻することで、またその記憶が “より固い事実” になっていく。そんな風に感じることがあります。人の記憶の中の私の存在、とはどんな存在なのでしょうか。私の知らないところで、もしかしたら、と思ってしまう。そんな意味でこの本はミステリーだったのかもしれません。

 余談ですが、新潮クレスト・ブックスは、「ジャンルを問わず最も優れた豊かな作品を紹介するシリーズ」だそうで、「朗読者」、「停電の夜に」なども、この新潮クレスト・ブックス シリーズなのですね。 ブックデザインもとてもステキで、読みかけの本が視界に入ると続きを読みたくなるようなデザインです。

ジュリアン・バーンズ 土屋政雄『終わりの感覚』|新潮社
http://www.shinchosha.co.jp/book/590099/