【コラム11号】「子どもの事情~体験談」

web gossip 新聞 第11号 2017年8月配信

「子どもの事情~体験談」

先日読んだ大塚玲子さんの記事に、「親子の間に血縁関係がない、あるいは保護者が途中で交代している場合、学校から求められる提出物や課題が、子どもや保護者を悩ませるケースが少なくない」とあり、私が小学生のときに経験した忘れられない宿題のことを思い出しました。

私は小学生の6年間に4つの小学校に通いました。入学した小学校以外、どこでも”転校生”だったせいか、あまり学校には馴染めず、2番目と3番目の学校の記憶はあまりありません。

ですので、どの学年だったかは忘れましたが、ある時、「家の間取り図を描いてくる」という宿題が出ました。 玄関から入って、ごはんを食べる場所、自分の部屋など、動線を考えながら家全体の間取り図を描いてきなさい、という宿題です。

当時私たち一家が住んでいたのは、「部屋」もしくは「仕切りのある部屋と部屋」で、 どう頑張っても「間取りのある家」にはなりませんでした。 そんな我が家の事実に直面した私は、狭い家に住む自分たちを恥ずかしく思う気持ちと、その気持ちをどこにも出せない切なさと、実際この宿題をどう処理するのか、に圧倒されて、本当に本当に思い悩んで困りに困った記憶があります。
そしてそれはあまりに強烈な出来事だったので大人になった後でもたまに頭にふと浮かんでいたほどです。

どんな授業の宿題だったのかも覚えておらず、結局なにをどう提出したのかも記憶には無いのですが、冷静に考えたら、もしその時点で先生に私の気持ちを伝えることが上手にできていたら、私側も、先生側も、もしかしたらどこかで何かが変わっていたのかもしれないな、と今このコラムを書きながら感じています。

そしてそれに連携して思い出すのは、20代前半に働いていたある職場の歓送迎会の席のことです。 会場ではめずらしく年配の役員の人と話す機会があり、どんな会話の流れか、「タキタさんのお父さんはおいくつ?」 と聞かれました。 そしてその時私は父親の年齢を答えられなかったのです。
手帳のどこかには生年月日をメモしてあったかもしれませんが、私に期待されていたのは当然カンニング無しの即答で、「ちょっと思い出せません」という私の返答に、その人は「おとうさんの年もわからないの! だめだよそれは!」と、いたく憤慨し、私はなにか悪いことをした気になり、「すみません」と下を向くしかありませんでした。

父親とは幼少期から一緒に暮らしておらず、祝うことがない日は頭にインプットされず、デジタルデバイスの無い時代の私は父親の誕生日を覚えることがないまま時が過ぎていたのです。

家の間取り図を描く宿題を出しても、描けない”事情”がある場合を想像して対応する。 親の年齢や職業を知らないことには何か”事情”があるのかなと想像する。 小学生と20代の私はそんなちょっとした想像力がとても大切だと学びました。

そして、いろいろな”事情”がある側の人たちは、ちょっと意識をしてそれを誰かに伝えていったら、いつかどこかで誰かの何かが楽になるのかもしれないな、とそんな風に思った夏休みの季節です。

では次回もお楽しみに。

参考記事: 里親たちは「生い立ちの授業」や「二分の一成人式」になぜ悩む? 当事者が語る体験談 (大塚玲子) – Y!ニュース https://news.yahoo.co.jp/byline/otsukareiko/20170725-00073678/