【コラム7 (転載最終回】「あっちとこっち」/「This side or That side」

2013年に書いたコラムの初回です。メルマガからブログへの転載はこちらですべてさかのぼりました。
次回からは新しい記事を書いていきます。

gossip ニュースレター vol.7/2013 5月配信

「あっちとこっち」

先日深夜にラジオをつけたら、英国ロックについて男性2名が語っており、ひとりがエルトン・ジョンの名前を出しました。
するともうひとりが即座に「ああ、あっちの人ね」と返し、エルトンに言及した方が「….あぁ….で、ですね…」と半分無視して話を進めていきました。

この一言で、明らかに話のリズムはズレましたし、どうしてそんな事を言ったのか、何が言いたかったのか。 2番目の男性が引いたあっちとこっちの境界線に、大きな違和感を感じました。
なぜなら。「あっちの人」は「ゲイである」を意味していると思われるからです。その後にエルトンのパートナーのことや、子供のことなどの話が続いたならばまだしも、「あっちの人ね」と言ったきりで、以上。言い切っておしまい。最初の男性の声にも戸惑った感じはありました。

なぜ、2番目の男性は「エルトン」と聞いただけで即座に「あっちの人ね」と言ったのでしょうか。私は「自分は違う、自分はゲイではない、と強調したかったのだ」と思います。仮にそうだとすると、聞かれてもいないのに、ゲイである人の話題が出ただけで、即座に「自分はゲイではない」と主張したくなる理由は何なのでしょうか。
このラジオの数日後に、ちょっと知っている人が、ある人に対して「彼はあっちの人だから」と言っていたことを知り、またも「あっちの人」がでてきたのです。

一般的にセクシャリティにオープンと思われている職業についていても、そしてある程度の立場の人でも、そんなことを軽はずみに言ってしまう。話している相手が、もしくは、話している相手の周りに同性愛者がいるかもしれない、そんな想像をする事もせず、揶揄をこめてニヤニヤ顔で「彼はあっちの人だから」と言ってしまう。このような感覚がどうやったら減っていくのか。明確なひとつの答えはないですが、でも、自分自身がいろいろなシチュエーションがあるという想像力を常に持って人や物事と接していくこと、そしてその感覚を周りの人と共有し続けること。続けていけば変わっていくと信じています。
自分は”そっち”にいかないように

では次回の配信をお楽しみに。
タキタリエ

– English –

「This side or That side」

I was listening to the radio one night.

The program is about British Music and two guy were talking. One guy mentioned the name “Elton John” and the other guy instantly replied “ah, he is acchi-no-hito”, meaning “Elton is on “the other side””. “accchi” means “the other side”, and “kocchi” means “this side”.

The first guy sounded a bit confused, and said “……ah….and i was saying….”, keeping the conversation, half-ignoring 2nd guy’s comment. The 2nd guy did not try to talk about Elton’s partner, or his children. Just said “he is gay,” period. Nothing more.

Now I am thinking about the reason of the 2nd guy saying “acchi-no-hito” when he only heard the word “Elton John”. Many people know Elton is a gay guy, so apparently what he meant was “he is gay, and i am not.” using the word “acchi”, separating himself from Elton. Why did he want to do that when nobody is asking the 2nd guy’s sexuality? Are you interested in ? I am not.

After this happened, i found out that somebody i knew called one guy using the exact same word “acchi-no-hito”. Now here happens again. People who act with no imagination, and people who talk thoughtlessly, calling somebody “acchi-no-hito” with a big smirk in their face.
What can we do we do with those people, i have no answer. But i promised again to myself to communicate with people with various imagination, and keep sharing this feeling with others.
Just not to be on “the other side”.

See you on the next gossip news letter.
Rie Takita